2005/05/06
■[書評]コミュニティ・オブ・プラクティス―ナレッジ社会の新たな知識形態の実践
コミュニティ・オブ・プラクティス―ナレッジ社会の新たな知識形態の実践(野中 郁次郎/エティエンヌ・ウェンガー/リチャード・マクダーモット/ウィリアム・M・スナイダー/野村 恭彦)
「自分の知識や見識を深めるために、職場や仕事外でいろいろな人と情報を共有したい」という個人的な問題意識から、最近ではナレッジマネジメント関係の本にも手を出し始めていたのですが、本書はその問題への答えそのもののような内容でした。
僕に限らず、ブログを運営しているような人は多少の知識欲を持っていると思いますが、本書で述べられている「実践コミュニティ」という枠組みは、そのような曖昧な知識欲から具体的な行動を生み出すためのヒントになりそうです。
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■ 実践コミュニティと、本書のアプローチ
タイトルにある実践コミュニティ(コミュニティ・オブ・プラクティス)*1とは、「あるテーマに関する関心や問題、熱意などを共有し、その分野の知識や技能を、持続的な相互交流を通じて深めていく人々の集団」を表す、ナレッジマネジメント用語です。
実践コミュニティの具体例としては、「特定の技術に興味を持つ人達が、企業内の業務チームの枠を超えて行う勉強会」などが挙げられます。また、仕事に必要なスキル以外のテーマでも、例えば「サッカー教室での試合時間を利用して、子育てのコツや洞察をやりとりする保護者たちのお喋り」のように一般的な知識をテーマとしたものも、実践コミュニティです。
つまり、実践コミュニティとは新しく生まれた特別なものではなく、今までも自然発生的に存在してきた、どこにでもあるものを定義付けしたものと言えます。
しかし、それにも関わらず、何故最近になってナレッジマネジメントの分野で実践コミュニティに対する関心が高まっているのか? それは、実践コミュニティはそこに所属するメンバだけではなく、その実践コミュニティを抱える組織にとってもメリットがある、と考えられ始めたからです。
- メンバにとってのメリット
コミュニティ内での継続的な相互交流を通して、あるテーマに関する知識や考え方など(=実践)を共有することで、メンバは自らの知識や技能を高められるだけでなく、最先端の話題についても活発に議論できるようになる。 - 組織にとってのメリット
実践コミュニティは実践という形で形式知と暗黙知の両方を蓄積し、それらを他者に伝えるという能力を持つ。そのため、組織(主に企業)にとって必要なテーマ毎に実践コミュニティを育成できれば、それらは組織内の効果的なナレッジ・システムになる。
そこで、今まではボトムアップで自然に発生し発展してきた実践コミュニティを、組織全体のナレッジマネジメントの中核に据えるためにトップダウンでサポートする。つまり、今後は
「組織はメンバーやコミュニティだけでなく、組織自身のためにも、実践コミュニティを積極的かつ体系的に育成しなければならない」(p.44)
というのが本書のアプローチです。
■ 実践コミュニティの構造モデル
実践コミュニティの基本的な構造は「領域」、「コミュニティ」、「実践」という3つの基本要素の組み合わせになっています。
実践コミュニティはそれが所属する組織(企業)によって名称や形態が異なる*2のですが、著者らはそれらのコミュニティに共通した3要素から成る構造モデルを定義することで、実践コミュニティとその他のコミュニティの違いを明確なものにしています。
実際のところ、これらの要素について細かく見ていかないと、実践コミュニティが何なのかはなかなか理解しにくいように感じたので……それぞれの要素についてここで簡単にまとめておきます。
▽ 領域(domain)
領域とは、そのコミュニティで扱うべきテーマの定義のことです。
領域は明確に定義される
- 領域を明確に定義することで、コミュニティの目的と価値をメンバやその他の関係者に確約し、コミュニティを正当化することができる。
- 領域は抽象的な関心の対象ではなく、メンバが現実に直面する重要な課題や問題から成る。
- ただし、メンバは領域に対する見解を明確に表現できる場合も、できない場合もある。世界やコミュニティの変化に応じて、領域もまた徐々に発展していく。
メンバ間で領域を共有する
- メンバは領域の境界や最前線を理解することで、何が共有するに値するか、どのように自分の考えを提示すべきか、どの活動を遂行すべきかといったことについて、的確な判断を下すことができる。
- 領域に対するコミットメントのないコミュニティは、友人同士のグループに過ぎない。
▽ コミュニティ(community)
「コミュニティ」とは、特定の領域に関心を持つ人々の集まりのことです。
定期的な情報交換の場
- 実践コミュニティを築くためには、メンバが領域の重要な問題について定期的に情報交換する必要がある。
- メンバは定期的な相互交流を通して、領域に関する共通の理解や実践への取り組み方法を生み出す。
信頼感を醸成する場
- コミュニティが重要な要素である理由は、学習が理知的なプロセスというだけではなく、帰属意識にかかわる問題でもあるため、
- 強く結びついたコミュニティでは、メンバが互いを尊重し信頼しているために、自発的にアイデアを共有し、無知を露呈し、厄介な質問をし、注意深く耳を傾けようという気になる。また、意見の不一致があっても結びつきが損なわれず、逆に対立を利用して学習を深めることができるようになる。
自由な雰囲気を持つ場
- 実践コミュニティの成功は個人の情熱に負うところが大きい。そのため、参加を強制しても効果はない。
- コミュニティへの加入は自発的でも強制的でもよいが、実際に関与する度合いを決めるのは個々人でなければならない。
▽実践(practice)
実践とは、コミュニティのメンバが共有する一連の枠組やアイデア、ツール、情報、様式、専門用語、物語、文書などのことです。つまり、実践にはコミュニティの暗黙知と形式知の両方が含まれます。
共通の基礎知識の確立
- 共有された実践が果たす役割の一つは、ある特定の領域で物事を行うために正規のメンバ全員が習得すべき共通の基礎知識を確立する、というものである。
- 共通の基盤を確立し、既によく知られていることを標準化することによって、実践コミュニティのメンバは創造的なエネルギーをより高度な問題に傾けることができるようになる。
実践はコミュニティに蓄積される
- 文書やツールとして体系化できる知識(形式知)を共有しても、それを自分の環境に合わせて適用するには、同じような状況に直面する人々との交流から得られる暗黙知が必要(1990年代に、IT主導のナレッジマネジメントが失敗した理由)。
- 実践コミュニティは知識を単なる物体に貶めるのではなく、メンバの活動や相互交流を通して、実践という形でコミュニティの中に蓄積する。
また、上記の3要素は実践コミュニティを定義する要素であるだけでなく、メンバが実践コミュニティに参加する動機を表す要素にもなっています。
- 「領域」に関心があって、その発展を見守りたいがために参加する人
- 「コミュニティ」に属すること自体に意義を感じて参加する人
- 「実践」について学びたい人
■ 感想
本書(全10章)の構成は、大まかに分けると下記のようになっています。
- 実践コミュニティとは何か(1〜2章)
- 実践コミュニティの育成方法(3〜7章)
- 実践コミュニティを事業戦略に組み込む方法(8〜9章)
- 市民社会における実践コミュニティ(10章)
著者達の主な狙いは後半部分に書かれているのですが、上記のように、僕はむしろ前半の「実践コミュニティとは何か」という辺りに興味を引かれました。まぁ、後半の内容はかなり話が大きくなってしまうので、マネジメント層からほど遠い下っ端の僕には全然ピンと来なくなってしまったというのもあるんですけど……。
これは個人的な話になりますが、技術者として仕事をしたりサイトを運営したりしていると、よく
「自分の知識や見識を深めるために、職場や仕事外でいろいろな人と交流を持ちたいなあ」
と思うことがあるのですが、実際そのためにどういうことをすればいいのかはよく分からなかったりします(最近あちこちで勉強会が開かれているのを見る限り、同じような悩みを持っている人は結構多い?)。そういう時にこの「実践コミュニティ」という枠組みを使うことで、上記のようなアバウトな欲求を
- 知識や見識を深めるには、どのコミュニティに参加すべきか(どれが実践コミュニティか)
- 現在所属しているコミュニティを実践コミュニティに近づけるには、何をすべきか(どうして実践コミュニティになっていないのか)
という問題に落とし込めれば、その問題を解決するために具体的な行動を起こせるようになるのでは?という気がします。もちろん、全てのコミュニティが実践コミュニティである必要はないので……この枠組みをどう使うべきかは、それこそ実践を重ねる中で考える必要がありそうです。
また、その他の部分では、実践コミュニティの形態に関する記述の中で共通性と多様性に触れた部分に、特に興味を惹かれました。
コミュニティという概念には、共通性という意味合いが含まれることも多い。だが、理想的な実践コミュニティが均一的な特質を持つと考えるのは誤りだ。確かに長期にわたる相互交流は、共通の歴史やコミュニティとしてのアイデンティティを生み出すが、それは同時にメンバー間の差別化をも促すのである。それぞれのメンバーが相互交流の中で公式非公式に、違った役割を引き受ける。各人が独自の専門分野や様式を発展させる。(中略)長期に及ぶ相互交流は、共通性と多様性を生み出すのだ。(p.72)
このような実践コミュニティの特徴が、ネットワーク分析の観点からはどう捉えることができるのかを考えてみると面白そうです。
*1 communities of practice。CoP、実践のコミュニティ、実践共同体とも呼ばれる。本書の著者でもあるエティエンヌ・ウェンガーが、ジーン・レイヴと共に1991年に発表したコンセプト。@IT情報マネジメント用語事典 [コミュニティ・オブ・プラクティス]の説明が分かりやすいです(むしろ、これだけで十分かも)。
*2 規模は数人のものから数千人のものまで幅広く、またメンバが一カ所に集中していることもあれば各地に分散していることもある、などなど。
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